砂漠の民
その昔、砂漠の民は優れた民族だった。
そこへある日、海を越えて亡者がやってきた。
見渡す限りの砂の地に、亡者は考えた。もしかしたらこの砂の下に何かあるかもしれないと。
あくる日から亡者は砂を掘った。掘った。
やがて魔法の黒い水が噴出した。
黒い魔法の水は世界を変え、人を変えた。砂漠の民も例外ではなかった。
砂漠の民は「禁断の蜜」を知ってしまった。もう後戻りはできない。
話は変るが、ハンドボールの盛り上がりはある意味「砂漠の民」のおかげだ。
中東の笛はなぜ、これまで屈折した音を出し続けてこれたのだろうか?
黒い魔法の水が、砂漠の民を驕らせてしまったのか。
海を渡ってきたあの亡者の国は、これまでずっと戦争を続けている。世界の警察なんて言いながら、リーダーシップをとっている。
中国の空や大地や人々がある意味危険になってしまったのは、禁断の実を食べてしまったから。
禁断の実のなる木を世界に植えているのは誰なのでしょう?
俺を「赤」と呼ぶなら呼べばいい。
俺は、禁断の実の副作用について問題提起したいだけだ。
日本ではその魔法の黒い水の値段について、馬鹿げた茶番が続いてる。25円が下がるかよりも、25円がこれまでどういう使われ方をしてきたのか、これからどう使われようとしているのか、その財源が消滅したときに何が起こるのかを考えるべきだ。
そのくらいの想像力は誰でも持っているだろう。あちこち調べればわかること。
政治家のパフォーマンスに気を取られていては駄目。もっと本質的なことを考えて、次の一票にその考えを載せるべき。
マスコミなんぞは面白おかしく、言ってみればプロレス中継みたいなものなんだから。やつらにゃその程度しか、そもそも出来ないのだから。
今こそ俺たちの力が問われるときなのだ。
投稿日 2008/01/31 Feel something | リンク用URL | コメント (0) | トラックバック (0)

