A WORD LET ME TRY AGAIN
投稿日 2007/04/12
前回の投稿からずいぶんと時間が経ってしまいました。
その間、僕は迷っていたのです。
僕のような者が、何かに対して意見を述べたり批判的なことを書いたりするのはおこがましいのではないのか。でも書きたい。いや、書けないだろうと。
でも先日、ある人のある言葉を聴いて勇気をもらい考え直したのです。
だから今日からまた、何かを感じたら感じたまま書きたいと思います。
ここでは日記を書くつもりはありません。日記って人に読んでもらうものじゃないとおもうから。
言葉って不思議です。誰かを勇気付けたり、物騒な言い方をすれば殺したりもできる。
でも僕が書きたいのはそういうことではなくて、言葉では表せない何かをあえて言葉で表現できたらと思っているのです。なんか矛盾しているようだけれど。
情報が溢れかえっている今の世の中だから、そしてせっかく言葉という表現方法を選択したのだから、できる限り余計なものはそぎ落としたいし、あまり説明もしたくないんです。たとえ誤解をまねいても。
いろんなこと書くつもりです。ここを訪れる方は少ないけれど、ご意見、ご批判どしどしください。匿名の世界なんですから。
じゃれあいたくないし、仲良しごっこもやなんです。群れるのも。
肩の力を抜いて、それでも真剣に、思いっきり、笑ったり泣いたり怒ったり楽しんだり噛み付いたり引っ掻かれたり殴ったりエッチしたり蹴飛ばされたり叱られたり抱きしめたり馬鹿にされたり差別したり叫んだり陵辱したり泣き事言ったり犯されたり飛んだり跳ねたり踊ったり歌ったり夢見たり死んだりしたいんです。
そのためだったら誰かを無理やりここへ引っ張り込んでしまってもいいと思ってるんです。
たとえば、木村太郎さんはいろんなこと知っててすごいな~と思うけど、僕はあんなふうに理論武装したくないんです。鎧は重たいだろうし、死ぬまで自由でいたいから。
たとえば、ビートたけしさんは僕の尊敬する大人の一人だけど以前こんなことを言っていました。自分が芸人としてもうろくしてゆく様をもテレビを通して見せてくれると。僕たちは今まさにその様を見ている。勝ち負けなんかどうでもいいけど、勝新太郎さんを超えられなかったなぁと過去形で言い切ってしまおう。でも映画監督としてのあの人が描く死は、紛れもなく日本人で、紛れもなく美しい。それを世界に共感させたことがとても嬉しい。
投稿日 2007/04/12