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薄紫

薄紫

小春日和の暖かな日差しが、開け放した窓を通して柔らかな光を、部屋中に投げかけていた。その日はなぜか家には父と僕だけで、二人は茶の間で昼食をすませたところだった。
静かな秋の午後、キンモクセイの甘い香りが、時折僕のほほを優しくなでていく。父はゆっくりと煙草を一本、箱から取り出すと、雲ひとつない青空のもと、満開の桜の風景が印刷されたマッチを手にとり火をつけた。
煙草の先がプチパチッという音とともに輝きを増してオレンジ色が広がる。父は蕎麦でもすするようにヒュルーッと胸をふくらませ、ほんの少し口をすぼませて、そして肩の力を抜くように煙をはき出すと、日差しは薄紫色に染まっていった。
その色は、夕焼け空の端の色に似てとても綺麗だった。
ゲルベゾルデという銘柄の両切り煙草だった。今でも売っているのだろうか。父が遠く窓の外を眺めながら、プカーリプカリと、とても旨そうにふかす煙草のけむりを、僕はただぼんやりと見ていた。
「今日みたいになぁ、風がなくてあったかい日に呑むのが一番旨いんだよ」
父は横目で僕に言った。
「何を飲むの?」
僕が聞くと
「ははは・・・」
父は大正生まれ。煙草を「吸う」とは言わない。
そのあいだにも一筋の薄紫は、父の指先からゆらゆらと立ちのぼって行く。食後の満足感からか、あるいは男同士ということもあったかもしれない、しかしそれ以外のなにか、たとえばその日の茶の間に流れるたおやかな時間とでもいえばいいのだろうか、そんな目に見えない何かが僕を穏やかな、とてもよい気持ちにさせていた。小学二年の僕は子供心に聞いてみた。
「お父さんは煙草が好き?僕はそれを見てるのが好き」
父は、かたわらで飽きもせずにけむりの行方を眺めている僕を見て言った。
「お父さんが好きか」
僕は父の広い背中に持たれて、少し照れながら言った。
「うん・・・」
父親っ子で甘えん坊で、煙草を吸っている姿を見ているのがとても好きだった僕も、今では煙草を手放せなくなっている。
今、ぼんやりとけむりの行方をたどって行くと、あの暖かな日にたどりつく。父はいまでも、あのときと同じように、プカーリプカリとやっているのだろうか。

投稿日 2006/11/18 memorys | リンク用URL | コメント (0) | トラックバック (1)

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» 何故そこまでしてタバコが吸いたいの? トラックバック 禁煙ですか?
私が20代前半の頃の古い話ですが!今は亡き親友としけもく(タバコの吸い殻)を集めて辞書の紙で丸め吸った事があります。お金が無かったのでやりましたが、インク臭くて不味いです。若かったし、勢いで吸いましたね!これは戯言ですがどうしても吸いたく成る理由が化学的解明されているようです。以前NHKのためしてガッテンでやっていたタバコを何故吸いたくなるのか?そのシステムを解明?なるほどでした。人間の脳内では情報伝達分物質アセチルコリン一生懸命働いています。タバコを吸う事でニコチンが脳内の…… [続きを読む]

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