あそこの動物園は長くて急な坂を上ったところにある。俺はカメラを入れたリュックを背負ってその急坂を息を切らせて自転車を転がしていく。心臓破りの坂とはこのことだ。ナントカ幼稚園だったか、ナントカ保育園だったか、園バスが追い越していく。中にはコマカイのが沢山乗っていて手を振っているが、こっちは必至でそれどころではない。
トンネルを抜けた先に広場がみえる。入り口ゲートで一緒になったコマカイやつらが声をあげて嬉々として走り出した。いつも一人きりでいるオオハクチョウが目をまるくしている。
コマカイやつらは何もない広場で勝手に遊びだしたが、園長先生はにこにこしてる。俺はコマカイのを見ると、あの小さな手とかプックリほっぺをプニュプニュムギューっとしたくなる衝動に駆られるがそれはナイショだ。コマカイのはゴッホよりダビンチよりも強烈な力を持っている。何もないところで「楽しい」を発見してしまう大発明家だ。
昨日降った雨にぬかるんだ地面で泥遊びしていたサイも、のそのそと立ち上がって耳をピクピクしてる。その奥からオカピも寄ってきて尻尾をフーラフラ。トンビが空高くキュロキュロ笑ってる。
平日の良く晴れた日の園内。広場は園児の貸し切り状態だ。動物たちも暇そうだ。いつもなら来園者にポーズをとっている時間だが、レンズを向ける者は俺しかいない。「僕たちも一緒にアソビタイ」と動物たちの声が聞こえてくる。
広い場所はそこにあるだけ、それだけでコマカイやつらを喜ばす。広い場所はエライ!
そういえばダムの近くにある公園もこんな風に何もないダダっ広いだけで何もなかった。あそこで凧揚げをコマカイのに教えたら、走る走る。風がなくても走る走る。凧が昇りかけてはまた地面に落ちるけどめげずに走る走る。嬉々として走る走る。お兄ちゃんと弟と一緒に走る走る。空にはハヤブサが飛んでいた。
傍で見てたらあれは凧揚げというより持久走だったが、お構いなしに嬉々として走る走る。どうやら彼らが住んでいるところでは凧揚げができずにこれが初体験だったようだ。たくさんの園児が走り出すのをみてたら思い出と重なった。
兄の方はその後漢字が大好きになってしまって大人でも難しい1っ級をとった。弟はインターハイに出ちまった。
凧揚げで覚えた走る喜びはその後どういう形で影響するのか分からない。あのときもし大人に走れと言われ走っていたなら、楽しく走ることを知らずにいたかもしれない。勝手に遊び、勝手に走り、それが楽しい。楽しいことはずっと楽しみとして体の記憶に残る。
子どもの頃に誰しもが夢中に覚える喜びだ。
俺がコマカイときには走り過ぎると喘息がでちゃう。だから楽しい途中で「やめとく」っていわなけりゃならなかった。そういうときには何だか悔しいし情けない気持ちになった。でもほかのコマカイのが知らない体の限界を覚えた。でもメンコは得意。メンコだのビーダマだのベー独楽やり過ぎて俺は鳶職になった。鳶職は何もない場所に足場を作るクリエイティブなお仕事なんだが、それを知らない人が多いのは残念だ。
広場の向こうから動物たちに食べ物をポコポコに積んでやってきた動物園の園長さんもなんだかにこにこしていて、みどりたちもサワサワと光を増していた。

おまけ

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