Club jannmu

意思の疎通

意思の疎通

2011/03/13 11:46:56

まずは地震厄災に遭われた方々にお悔やみと、その他あらゆる言葉をおくりたいが、うかばない。
ありきたりだが、元気を出して頑張ってください。

被災して着の身着のままのときに「頑張って」と言われても、「何をどう頑張ればいいのか」ということになってしまうけど。

2月の下旬にバスに乗って、子供のころよく遊んだ公園の角を曲がったときに、そのころは必ず警察官の交通整理が立っていたBOXが目に留まった。
そのときに、俺の息子はそういう光景を目にしたことがあるだろうかと考えた。多分ないだろう。

地震の数日前になぜか俺の脳裏を”テンサイは忘れたころにやってくる”そんな言葉がよぎった。

地震が起きた日、俺はチャリンコで朝から上野へ出掛けていった。
お目当ては国立西洋美術館だったが、あいにく休館だったので代わりに動物園と科学博物館を見学してきた。
動物園でもやはり俺に一番反応を示すのは鳥類だった。
俺がカメラを向けるとなぜか彼らはポーズをとるのだった。

科学博物館は子供のころに行ったきりで、覚えていることは、建物の吹き抜けにゆれる振り子時計だ。
あの振り子はこれからもずっと、揺れながら時を刻んでいくのだろう。
そう考えるとデジタル時計では感じない、途切れ目のない”時間”に思いを馳せることができる。

展示では日本列島の地震の震源地を立体的に示す模型が俺の目と興味を引いた。

上野からの帰り際、新橋駅付近で地震に遭った。自転車をこいでいると地震は感じないが、電柱や電線が異常に揺れている。
俺は自転車をすぐにビルの谷間の小さな空き地(駐車場)に停め様子を伺うと、それこそ小さなビルが倒れんばかりに揺れていて板こんにゃくみたいで、ビル内から路上に出てきた人たちはその場に立ち尽くしていた。
(彼らはビルが倒れたり、ガラスが割れたりしたら多分死んでいただろう)

地震大国日本。
当然防災訓練は定期的にしているのだろうが、それが如何に”形式的”で実際になんの役にも立っていないかが、その光景からよく分かる。

この日の一連の偶然とも思える事柄は、普段から俺の身の回りでフツーに起きているから、俺の中では既にそれらは必然となっている。(事が起こった後からわかる)

もし地球に自然に、意思というものが存在するとしたら
その意思は俺に何かを伝えたがっているように思う。
君たちがいくら否定しても、しきれないなにかが
俺の中にある。

でも科学博物館のアレはもう怖くて見たくない。(こういうのが人の持つ経験からくる宗教観なのかもしれない)

たまには写真を載せようか。
地震から数時間後の元住吉付近。

1964年(昭和39年)6月16日1新潟地震 M7.5

1995年(平成7年)1月17日 阪神淡路大震災7.3

2011年(平成23)03月12日 新潟県中越地方M6.6

四川省でもイランの辺りでも巨大地震があったしニュージーランドでもあった。

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