Club jannmu

履歴書にない履歴 Ⅱ

履歴書にない履歴 Work history not included in the resume

クロロフォルム(chloroform)系のテストで不採用

 クロロフォルムってスパイ映画なんかで誰かを拉致したり誘拐するときにでてくるアレだ。一瞬で相手を気絶失神させてしまう揮発性の液体。

 その当時、求人誌には俺にとっては高給の仕事が載っていた。「オフィス機器メンテナス(有機溶剤の取り扱いがあります)月給25万円」という風に簡単に記載されていた。

 早速電話をかけて面接のアポをとり、面接は後日ということになった。そして面接のときに必須の履歴書。俺の履歴書は一枚では収まらないほどの職歴が、もちろん俺自身によって書かれている。沢山ある職歴が理由で不採用なら、こちらから願い下げという意味合いで敢えて全部包み隠さず掲載していた。当時百円均一で売っていた履歴書は表紙(写真を貼る面)3枚しか入っていなく書ききれないし、面接の都度手書きしなくてはならなかった。そこでエクセルで自分で書式を作った。これにもし面接履歴まで記載するとしたら小冊子みたいな束になってしまう。でも受ける人間にとっては面接も重要なひとつひとつの経験なのだ。

 いざ面接の当日、プリントアウトしようとするとプリンターが故障して打ち出せない。手書きの履歴書は使い切ってしまってない。百均で買えばいいのだが電車賃が足りなくなってしまう。絶体絶命か・・・。

 メモリースティックをポケットに入れ家の外へ出て走り出した。焦りで何も考えられないパニック状態で。

 それでも走りながら必死に考える。この状況から脱出するにはどうしたらいいんだろう。どこかでプリンターを借りることができたらいいのに。プリンターが必ず置いてあるのはどこだろう。印刷屋、コピー屋、写真現像店、etc…。走りながら息が切れそうだ。住宅街には店舗はない。と、そこで目に入ったのは新聞配達所だった。ここの営業マンは、俺の自宅に何度か新聞勧誘に来ているのだが、いつも断っているので入りづらい。が、背に腹は代えられない。思い切って飛び込んだ。

「あの、実は・・・」

 朝刊配達を終えた午前の時間たまたま暇な時間だったのか、事情を話すと配達所の人は快く引き受けてくれた。タカタカと軽い音をさせ業務用プリンターから履歴書が打ち出される。俺の履歴が行ごとにその現実空間に吐き出される。元々過去の現実に存在したものだから、バーチャルから抜け出すと心地よさそうだ。無言でその光景を手持ち無沙汰に眺めている空白の空間。

 彼は俺にプリントを渡してくれながら、

「うまくいくといいね」そう言ってくれた。

「ありがとうございます」そう言って受取った。俺は運がいい。

 その後、あのままその彼に何もできないでいる俺の人生は不義理のオンパレードだ。それが結局就職できない最大の理由なのかもしれないとその後反省しきりだが、就職できないままではお礼もできない。しかし応募企業がそんな俺の人間性を知る由はない。それに不義理が理由で落ちるなら義理堅い奴は採用されなくては道理に合わない。「不義理」とか「道理」なんていう言葉はもう大昔に死語になっているみたいだけど。

 これで午後からの面接に間に合う。そして着慣れないスーツ、ネクタイを締めコートを羽織って駅へと急いだ。空はどんよりと曇っている。空気は重く風は動かない。灰色のとある駅前の街道沿いはひっきりなしに自動車が行きかっている。指定された待ち合わせ場所で待つこと数分、ワゴン車がすっと目の前に寄ってきた。

 助手席の窓が開いて中から男が尋ねた。

「面接の方ですか?」

「はい」。答える俺を拾ってワゴン車は走り出した。俺は後部座席に乗っていた。

2026/01/21

 風景画に描かれた構図の建物や樹木、花や枝や葉の強弱や色濃度や並びなどは、画家が恣意的に描いているが、ときに絶妙のランダム(性)が表されていることがある。幼子のほとんど無作為な落書きのような絵には、そのランダム(性)が描かれている。それを発見すると私は嬉しくなってしまう。

 意識してしまうと無意識を描けない。無意識を意識した途端に無意識ではなくなってしまう。多くの画家が   …続きを読む…

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 待ち合わせ場所で俺を拾い後部座席の乗せ走り出したワゴン車。この面接で合格できるかどうか、少しハラハラドキドキしていた。シートに座る俺の背筋は心なしかピンと伸びている。普段は猫背なのだが。数分すると鼻腔の奥になにかツンとしたものを感じ数センチ窓を開けると、男は窓は開けないでくださいと言う。今になって考えるとなんだか変だが、あのときは就職の面接ということで緊張していたしそれどころではない。

 ワゴン車は道路わきの駐車場に入った。地面の砂利がゴツゴツと音を立てる。駅から少し遠いな、などと採用されたときの通勤のことを考える。

 男が振り返り、バインダーを差し出し「これに記入してください」と言う。それを受け取り挟んである用紙を読むとアンケートのような質問がならんでいる。初めての病院で外来診察を受けるときに記入するようなアレだ。ボールペンで記入しようとするのだが頭がボーとして思考が回らない。集中できない。鼻腔を突く臭気が増したようだ。後部から見る男の横顔はにやけている。面接なのに意識が朦朧としてはヤバイ。もう一度窓を開けた。外の空気を吸った。男はまたもや「閉めてください」と少し語気を強めて言う。なんとか記入し終えてバインダーを男に返す。腕時計から目を離し受け取った男は「合格した場合のみ後日ご連絡を差し上げます。といって俺を車から降ろし立ち去った。

 なんの感情もない定点カメラのように、俺は車を見送った。その時点で期待も不安もなにもない。灰色の空がさっきよりも重く感じて、しばらくその駐車場で立っていた。思考は停止したままだった。記入した内容は全く覚えていない。何が起きたのかさっぱり理解できない。

 前代未聞の面接だった。

 これは面接じゃない。そう直感的に思った。そう思った理由は説明できないが、あのとき確かにそう直感した。しかしこれを理解するまで数年かかった。ある出来事が数年後にまた俺の身に起きることになる。

 俺の弟は頭脳明晰で生まれたが、生まれつき足が悪かった。アキレス腱を手術したり脛を開いたりと何度か全身麻酔の手術を受けている。幼稚園に入る前に新聞のひらがなの部分を全部読めるようになっていたが、両親は養護学校か普通の学校に入れようかと随分迷ったようだ。普通の学校に弟は入学した。知恵遅れといじめられ辛い思いをずっとしていた。弟は20歳で死んだが、俺はそのずっと後に変な面接を受けた経験を持つ。当時と現在では麻酔の安全性も向上したとはいえ、恐怖を感じる心は抑えられない。特に全身麻酔は他者が生殺与奪を握ることになる。そこに事前の説明や信頼関係がないなら、患者は傷病とは別の「恐怖」という痛手を負うことにもなる。医師は何人もの患者を診るが患者は一人一人身体を差し出し預けるのだ。これは医師に限らず弁護士でも税理士でも代議士、建築士でも、「士・師・家」といった敬称がつく職業全般にいえることではないのか。

 「魔が差す」という言葉があります。心の内に潜む「魔」。誰もが持つその部分について、この続きを別の側面から自己反省も含め次回は書いてみます。魔が差す処には「狂気」が存在する。その狂気の性質がどう出るのかは人により違うのだろうと思います。

 もうひとつ、瞬間に心に生ずる「恐怖心」や「不信感」というのがあります。そしてその心の中の自分では意図しないそれらが相手にも必ず”そのまま”伝わるということ。それが相対峙してしまうと不幸が起こること。そしてそれらのことは、たぶん全ての「生命」に当てはまるということ。だから「恐怖心や不信感を捨てる」は、誰かと争い戦う為にある言葉ではなく、その正反対の意味合いを持つものであると、私は経験から思うのです。いわゆる本来の意味でのアーティストは、それを意識的に歌声や演技などで表現できる人。私にそれはできない。詳しくは次回。

映像作品の紹介

ドクターコトー診療所(最初のシリーズ)

「医師が何故みんなから『先生』と呼ばれ患者が頭を下げるのか」その意味を噛みしめろ。といったセリフが出てくる。セリフは建築現場の事故により通行人が重傷を負い救急搬送されたが、搬送先の病院で放置された妹を亡くした兄のもの。そういう想定のドラマ。

役所広司主演『すばらしき世界』  「狂気」を垣間見る

役所広司主演『どら平太』     これもひとつの「狂気」

役所広司主演『PERFECT DAYS』   俳優しての「狂気」が出ているラストワンカット

映画『Doors』           「生きてる奴は声を出せ」若い頃に見たが、このセリフが頭に焼きついている

映画『Good Fellows』        主演のレイ・リオッタ、裏口から彼女をクラブにエスコートする計算されたワンカメシーンのあと、歌手の歌声にうっとりする表情の演技。狂気の表現ともいえる。監督のスコセッシはマイケルジャクソンの「BAD」のPVも手掛けている。キーワードは「Be the Man」

*これらを見ておいていただけますと、私の稚拙な次回の文章が理解しやすいです。

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